ぶるぶる見聞録

学んで纏めて知ったかぶって

いろんな河童

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私の住んでいる熊本県八代市は、仁徳天皇の時代に九千匹もの河童が渡来したという伝説が残る町です。河童の伝説は全国各地に数多くあれど、これだけ豪快な伝説が残っている土地は他にありません。八代の河童は日本一であると市民は誰もが誇りに思ってます。なんだったら日本の河童は八代から広がっていったのだと豪語する人もいるくらいです。さすがにそれは言いすぎですが、町のいたるところで河童をモチーフにした絵や石像や巨大なハリボテを見ることができ、さすが河童の町だけあるなと思わせてくれます。

町にいる河童達は緑色の爬虫類か両生類のような体を持ち、頭の上には皿があり、背中には甲羅を背負っています。河童とはそういうものだと昔から思っていました。ところがある時、一枚の奇妙な河童の絵を見ました。その河童は全身が毛に覆われ、甲羅も頭の皿もなく、姿はまるで猿そのもの。自分の知っている河童とは似ても似つかないものでした。でも紛れもない河童の一種であるというのです。どういうことなのでしょう。調べてみると、この猿みたいなやつだけではない。他にもたくさん奇妙な河童がいることが分かってきました。私がそれまで河童だと思っていた妖怪は、様々な姿を持つ河童のほんの一部の形に過ぎなかったのです。

 

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例えば「ひょうすべ」という河童がいます。起源は古代中国の水神、武神である兵主神。河童の仲間でありながら河童よりも古い河童です。秦氏帰化人と共に日本へ伝わったとされ、日本では食料の神として信仰されたりもしています。好物はナスで、ひょうすべを見た者は病に侵されてしまうとか。また、ひょうすべはたいへん毛深い妖怪なのですが、こいつがこっそり入った風呂に大量の体毛が浮かんでおり、その湯に触れた馬が死んでしまったというたいへん迷惑な話も伝わっています。

 

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中国には河童とよく似た「水虎」という妖怪がいます。本当は河童ではないのですが、日本に伝えられた時に混同されて無理やり河童の仲間になりました。河童同様水辺に住み、体は河童よりも大柄かつ獰猛で人の命を奪います。河童より恐ろしい妖怪です。

 

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猿猴」という河童は全身毛むくじゃらで猿に似ています。海又は川に住み、泳いでいる人間を襲い、肛門から手を入れて生き胆を抜き取るそうです。いろいろな伝承が伝わっており、女性に化けたり、女性を襲って子どもを産ませたりもしたとか。実は中国南西部に生息していたテナガザルがモデルではないかともいわれてます。

 

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河伯」は中国神話に登場する黄河の神です。人の姿をしており、白い亀や竜に乗っているとされています。元は人間の男だったそうで、若い女性を生贄として求め、生贄が絶えると黄河に洪水を起こします。ちょっと許せない感じの神様ですね。この河伯が日本に伝わって河童になったという説があるのです。日本では、河伯を河童(かっぱ)の異名としたり、河伯を「かっぱ」と読んだりします。河伯の眷属はスッポンでして、河童が甲羅を背負ってるのはスッポンをモチーフにしてるからとも言われています。

 

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石川県鹿島郡の河童は「かぶそ」と呼ばれ、川獺と関係が深いようです。小猫のような大きさで尻尾の先が太く、女に化けたり石や木の根と相撲をとらせたりします。

西日本の河童は秋になると山に登って「山童」になります。春になったら降りてきてまた河童になるという生態を持っています。

遠野の河童は赤い色をしてます。村娘が河童の子を産んだという話も伝わっています。

他にもガッパ、ガワタロ、メドチ、スイジン、ホンコウ、ガメ……日本中に数多くの河童の仲間がいます。名前が違えば姿も生態も様々で、共通項を見つけるのがむしろ難しいほど。そう、河童とは単一の妖怪ではなく、多種多様な起源をもって融合した水辺に棲む妖怪の総称というべきなのです。

 

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じゃあ私が今までずっと河童だと思っていたのは、本当は何という妖怪なのでしょう。

一般的に熊本の河童は「ガラッパ」と呼ばれています。そういえば私が子どもの頃、「ガラッパ祭り」というお祭りがあり、ガラッパ音頭なるものを歌って踊ってました。歌詞も振りも覚えてませんが、「オーレオーレデーライター」と歌っていたのだけ記憶に残ってます。「オレオレデライタ」とはかつて八代に渡来した河童たちが喋っていたとされている言葉。一説によると「呉人呉人的来多」、つまり「中国の呉の国からたくさんの人がやって来た」という意味になるのだとか。三国志で有名な魏・蜀・呉の三国時代の「呉」が存在したのは西暦222年~280年。八代に河童が渡来したとされる仁徳天皇の時代というのは、西暦313年~399年。多少ずれはあるものの、誤差の範囲のようにも思えます。私が河童だと思ってきたもの、八代の町に住みつき今でもいたるところで見かける河童の姿をした妖怪は、遠い昔、はるばる呉からやってきた渡来人だったのかもしれません。